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最高裁判所第二小法廷 平成8年(行ツ)194号 判決

仙台市青葉区大町二丁目一一番一〇号

上告人

株式会社ディスプレイセンター

右代表者代表取締役

下永正行

右訴訟代理人弁護士

鹿野哲義

中川文彦

小池達哉

仙台市青葉区中央四丁目五番二号

被上告人

仙台中税務署長 島知弘

右指定代理人

渡辺富雄

右当事者間の仙台高等裁判所平成六年(行コ)第五号法人税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成八年四月一二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鹿野哲義、同中川文彦、同小池達哉の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って若しくは原判決を正解しないでその違法をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田博)

(平成八年(行ツ)第一九四号 上告人 株式会社ディスプレイセンター)

上告代理人鹿野哲義、同中川文彦、同小池達哉の上告理由

原審判決(以下「原判決」という。)及び原審判決が引用する第一審判決には、以下に述べるように、判断遺漏、最高裁判所の判例違反、審理不尽、理由齟齬若しくは理由不備、採証法則及び経験則違背の違法があり、これが判決の主文に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない。

第一、準消費貸借契約の成立と旧債務の立証責任について

一、上告人の原審での主張

1.昭和六三年一月三一日現在の債権

昭和六三年一月三一日現在の上告人のキーセンターに対する債権は左のとおりである。

A、準消費貸借契約に基づく六五〇〇万円

昭和六三年一月三一日付借用証(甲第一三号証)により、上告人とキーセンター間において、貸金債権について一本にまとめるため準消費貸借契約を締結したもの

利息 年七パーセント

弁済期 昭和六三年二月から昭和六五年一〇月まで毎月末日限り各金一〇〇万円迄。残金については、再度協議をする。

連帯保証人 橋本孝一

橋本順子

(甲第一三ないし四五号証参照)

B、一五〇〇万円

いずれも、フドー企画株式会社振出、栗原興産株式会社受取人兼第一裏書人、キーセンター第二裏書人、振出日昭和六二年一二月二六日、金額七五〇万円の約束手形二通を担保に受領して、上告人がキーセンターへ貸し付けた債権

弁済期 七五〇万円につき昭和六三年二月二九日残金につき昭和六三年三月三一日

弁済方法 いずれも右約束手形の支払呈示をなして取り立てる。

(甲第五四、五五号証)

C、三七四万三八三八円

ただし前受利息を含む。

昭和六一年七月一日に六〇〇万円を貸し付けた残金

弁済期 昭和六一年七月から昭和六四年六月まで毎月末日限り各金二〇万七九九一円

以上合計金八三七四万三八三八円

2.弁済関係

それ以降上告人は次のとおり前項の債権について一部を回収した。

(一) Aについて

〈1〉 昭和六三年三月一日 一〇〇万円

ただし昭和六三年二月分、利息分は三七万九一六六円

65,000,000×0.07÷12

元本充当分は、六二万〇八三四円。

〈2〉 昭和六三年三月三一日 一〇〇万円

ただし昭和六三年三月分、利息分は三七万五五四五円

(65,000,000-620,834)×0.07÷12

元本充当分は、六二万四四五五円

残金、六三七五万四七一一円

(二) Bについて

弁済は全くない。

(三) Cについて

昭和六三年二月と三月の各末日にそれぞれ二〇万七九九一円

3.残債権

約定では

Aについては 昭和六三年四月以降、各一〇〇万円

Bについては 昭和六三年二月、同四月の各末日に各七五〇万円ずつ

Cについては 昭和六三年四月以降各二〇万七九九一円ずつ

を支払うことになっていたが、いずれも支払いがなく、結局右の貸付が回収不能となった。

そこで結局上告人は左の貸倒損失が生じた。

Aについて 六三七五万四七一一円

Bについて 一五〇〇万円

Cについて 二四九万九九九〇円(上告人・被上告人間に争いはない。)

合計 八一二五万四七〇一円

(以上、上告人の平成六年一月二八日付準備書面二ないし六頁)

二、原判決は、この準消費貸借契約締結の有無について何らの判断もしていない。

準消費貸借契約の目的となったと上告人が事情として述べた債権について、原判決は、いずれも正行のキーセンターに対する債権で、上告人の債権ではない、としているだけであって、そもそもこの準消費貸借契約が成立したのかしないのか、何らの判断もしていない。

準消費貸借契約の成立の有無は、本事件においては核心をなす重要な争点であって、それに何らの判断を加えないのは判断遺漏、審理不尽、理由不備の違法がある。

三、1.原判決は、前記準消費貸借契約の目的となっている旧債務について、〈1〉上告人の債権ではなく、正行個人の債権であるとし、〈2〉また、正行から上告人になした債権譲渡は仮装行為であるとしている。

これらから判断すると、準消費貸借契約が成立しているが、旧債務がないので上告人のキーセンターに対する貸付金は認められないとしているかの如きである。

2.しかしながら、右判断は明らかに昭和四三年二月一六日最高裁第二小法廷判決に違反している。

すなわち、右判決は、「準消費貸借契約は目的とされた旧債務が存在しない以上その効力を有しないものではあるが、右旧債務の存否については、準消費貸借契約の効力を主張する者が旧債務の存在について立証責任を負うものではなく、旧債務の不存在を事由に準消費貸借の効力を争うものにおいてその事実の立証責任を負うものと解するを相当とする」

と、している。

にもかかわらず、原判決はこの旧債務の存在を上告人が立証しないので、準消費貸借契約は認められないものとしているのである。

原判決は、右判例に違反しており、この一点をもってしても破棄されるべきである。

第二、原判決の理由の食い違い

一、原判決は、理由において、第一審判決の理由説示を引用した上、理由二2中の判断において、「原判決の認定のとおり、キーセンターに貸し付けられた金員は、いずれも正行が貸付けをしたものであるから、キーセンターに対する債権は、上告人の債権ではなく正行個人の債権であるといわなければならない」旨判示している。しかし、第一審判決の認定は、本件六五〇〇万円の準消費貸借契約の目的となった旧債務については、もともと貸付金債権の存在が認められない実体のないものであるから、上告人がキーセンターに対し同額の債権を有しているとは認められないというにとどまり、キーセンターに対する貸付について、正行個人の債権であると積極的に認定しているものではない。原判決は、第一審判決が認定していない事実を認定したものとして判断しているものである上、キーセンターに貸し付けられた金員は、いずれも正行個人が貸付けをしたものであることについての理由は説示されていない。原判決には理由齟齬ないしは理由不備の違法がある。

二、第一審判決は、上告人と、正行個人との間に債権譲渡の行為は全くなかったと認定している。

しかし、原判決は、「第一審判決の理由説示のとおり」としながら、この債権譲渡を「仮装行為」としている。仮装行為であるというのは、債権譲渡の行為はあったが実体がないことを意味するのであり、原判決には、理由齟齬の違法がある。

第三、債権譲渡の仮装行為について

原判決は、正行と上告人との債権譲渡は、上告人に対する課税を回避するために行われた仮装行為であるとみるのが相当である旨判示しているが、右の認定及び判断については、採証法則及び経験則に違背し、さらに、審理不尽若しくは理由不備の違法がある。

1.原判決が右認定及び判断の理由とするところは、次のとおりである。

〈1〉 正行のキーセンターに対する貸金債権は、貸倒損失として損金に算入しなければならないような不良債権である。

〈2〉 会社に対して債務を負担している代表者が、会社に対し、実際に取り立てをすることができないような不良債権を譲渡することによって、自己の会社に対して負担している債務を対当額において消滅させるような、会社に不利益な行為をするということは、会社に対する忠実義務に違反し、背任行為である。

〈3〉 したがって、通常会社の代表者がこのような行為をすることは考えられない。

というものである。

そして、原判決は、正行のキーセンターに対する貸金債権が不良債権であることの根拠として、原判決が引用する第一審判決の認定事実である、「本件借用証(甲第一三号証)作成時において、キーセンターは金融機関から手形用紙さえもらえない状態になっていた」というのをかかげている。

2.しかし、上告人の平成七年六月一九日付調査嘱託の申立に対する結果によれば、株式会社武蔵野銀行川越南支店は、昭和六三年一月二七日に、キーセンターへ約束手形帳を交付している事実が認められる。そして、これらに対して、何らの反対の事実を示す証拠もないし、また、疑問を提起する証拠もない。

にもかかわらず、右第一審の判断を正当と、原審も判断している。

単なる事実誤認の違法にとどまらず、採証法則に違反しているというべきである。

3.正行が上告人に対して、不良債権を譲渡したことは、忠実義務違反、背任行為であるとしている。この前提として、原判決は、正行が不良債権であることを十分認識していた事実を証拠によって認定したものと理解される。

しかし、取引は景気の推移や経済状況の変動によって変化するものであるから、当該債権が回収不能の不良債権かどうかは、将来の予測に関する事項であり、当時の経済状況、取引の内容、態様、市場の需要の見通し等様々な経済的要因を総合して判断すべき事柄であって、一時的に資金繰りが困難であることから直ちに不良債権であると断定することはできない。まして、結果的に債務者が倒産して回収不能になったとしても、倒産の蓋然性とその予測可能性を問題とせずに、直ちに倒産する以前の一定の時期において、当該債務者に対する債権を不良債権と決めつけることはできない。

したがって、原判決が引用する第一審判決の前記認定事実のみによっては、正行のキーセンターに対する債権が貸倒損失として損金に算入しなければならないような不良債権であること及び正行はそれを認識しながら、上告人に対し債権譲渡をなしたことを認定することはできないといわなければならない。そして、ほかにこれを認めるに足りる証拠はないから、結局、原判決は、審理不尽の違法があると共に採証法則及び経験則に違背するというべきである。

4.原判決は、代表者は会社に対し、忠実義務を負っているから、これに反する背任行為を行うことは通常考えられないとして、正行から上告人に対する債権譲渡は仮装行為である旨判断している。しかし、仮に百歩譲って正行の右行為が忠実義務違反であるとしても、そのことから直ちに債権譲渡が仮装行為であると認定することはできない。甲第一三号証によれば、債務者であるキーセンターは正行から上告人に対する債権譲渡を承認したと認められ、右債権譲渡は有効に成立しているものである。仮に忠実義務の問題が出るとしても、それは上告人と正行間の損害賠償で解決すべきものであって、債権譲渡を仮装行為として効力を否定すべきものではない。原判決の判断は経験則に違背するというべきである。

第四、上告人が直接キーセンターに貸し付けた債権について

一、上告人は、第一審判決別表2の〈4〉ないし〈7〉は、準消費貸借契約の目的となった旧債務のうち、上告人がキーセンターへ貸し付けたもの、と事情として主張している。

二、右債権のうち〈7〉についても、原判決は正行個人の債権と判断し、その根拠として、「第一審判決の認定どおり」としているが、第一審判決は正行個人の債権とは判断していないし、ほかに正行個人に属すると認定した根拠を全くかかげていない(この点は先に述べた)。そして、この債権の帰属についての唯一の積極的根拠である甲第一二号証について、原判決は、「上告人の会計帳簿にはその旨の記載がなく、上告人は昭和六三年一月三〇日にキーセンターに対して八〇二四万三三八八円(同日高松興産から回収した金員であるとして)を貸し付けた旨の経理処理をしている。」ことを理由として信用性を排除している。

ところで、甲第一二号証は、橋本孝一が上告人に宛てて作成した二〇〇〇万円の借用書であり(成立については証人橋本孝一の証言により認められる)、記載自体から上告人と橋本孝一(キーセンター)との間の債権債務関係を示すものと認められる。

ところで、最高裁判所は、「証書の記載およびその体裁から、特段の事情のない限り、その記載どおりの事実を認めるべきである場合に、何ら首肯するに足りる理由を示すことなくその書証を排除するのは、理由不備の違法を免れない」旨判示している(最高裁判所昭和三二年一〇月三一日第一小法廷判決・民集一一巻一〇号一七七九頁)。右判例によれば、書証について真正に成立したことが認められた場合には、特段の事情がない限り記載内容に沿った事実を認定すべきであることになる。今日の取引社会において、契約書等の書面は高度の信用性を有するものであるから、右特段の事情についても、右高度の信用性を覆すに足りる事情であることを要する。

これを本件についてみるに、原判決の説示する事項は、要するに上告人の会計処理が杜撰であったというにあると解されるが、これだけでは右特段の事情には当たらないというべきである。

そもそも、原判決が甲第一二号証の信用性を排除する「特段の事情として」この会計帳簿の記載から何を認定したのか全く不明である。原判決は、昭和六三年一月三〇日に八〇二四万三三八八円を高松興産から回収した資金でキーセンターへ貸し付けた旨の経理処理が事実と異なるとして、この帳簿の信用性を排除しながら、この帳簿に基づいて二〇〇〇万円の昭和六二年一一月三〇日の貸付がないと判断し、甲第一二号証の信用性を排除しているが、この帳簿の記載の方が甲第一二号証よりも信用できる、とする根拠を全く示していない。

また、原判決が引用する第一審判決認定によれば、橋本孝一は、上告人の貸付であるのか正行個人の貸付であるのか明確な区別をせずに甲第一二号証を作成したというのであるが、橋本孝一の第一審での証言によれば、甲第一二号証は全部同人が記載したことが認められ、同記載によれば、宛先は「(株)デスプレイセンター殿」と明記されているのであるから、橋本孝一が自ら宛先に「(株)デスプレイセンター殿」と書いたと認定しているのである。

にもかかわらず、貸主が上告人であるのか正行個人であるのか明確な区別をしなかったという認定は、単なる事実の誤認の範囲をはるかに超えて、採証法則に違背したものといわざるを得ない。

結局、原判決は、甲第一二号証の信用性を否定すべき特段の事情が存しないのに、右信用性を否定したものであって、前期最高裁判所の判例に違反すると共に、経験則にも反するものである。

第五、回収金二〇〇万円について

本件債権が正行の債権であるとする原審の判断は、審理不尽である。

すなわち上告人は、キーセンターから前記のとおり、昭和六三年三月一日と同月三一日に各一〇〇万円宛、合計二〇〇万円を本件債権について回収し、上告人自身の収益としている。これに反する証拠は一切ない。

原判決は、本件債権が正行のものであると認定したのであれば、二〇〇万円の回収金は上告人のものではなく正行の収益であるということになる。言いかえれば、二〇〇万円の回収は、実質的にみて、上告人自身の収益ではなく、正行の収益であるとみて、初めて本件債権が実質的に正行の債権であると認定できるのである。

しかし、この二〇〇万円の回収は実質的に上告人の収益である。被上告人もそのように取り扱って課税している。そうでなければ、被上告人はこの二〇〇万円を上告人の所得から差し引かねばならない。それを差し引かずに課税している。不当な課税ということになる。それならば、原審は、この二〇〇万円の課税処分について取り消す旨の判断をすべきである(ちなみに、被上告人が本件課税処分の正当性を主張立証すべき責を負っている)。この点を何ら審理判断しない原判決には理由不備、判断遺漏の違法がある。

仮に、この二〇〇万円の回収金が上告人の実質的収益であるとすれば、その債権者はまぎれもなく上告人である。債権者は正行、回収金は上告人に実質的に帰属するという原審の判断であれば、その理由を示すべきである。その理由を示さないのは理由不備の違法がある。

第六、手形偽造の発覚と甲第一三号証について

一、原審は、第一審判決の「正行は、本件借用証が作成される以前の昭和六三年一月中に、フドー企画振出の約束手形の裏書が橋本により偽造されたことを知り、同月三〇日以前の同月下旬ころ、橋本とその妻を仙台に呼び出し、キーセンターの資金繰りに困窮し、かつ、偽造手形を交付した弱みを持つ同人らをして、正行の指示どおりに借入金額を六五〇〇万円、名宛人を原告とする本件借用証を作成させたことが認められる。」との認定を正当としている。

しかし、これは採証法則と経験則に違反している。

どの記録をみても〈1〉「正行が昭和六三年一月中に栗原興産株式会社の裏書が橋本によって偽造されたものであることを知った」との証拠はない。

また、〈2〉「右偽造手形を交付した弱みを持つ橋本をして、正行が意のままに本件借用証を作成させた」との証拠もない。

〈1〉の事実は認定できないし、また、仮に〈1〉の事実を認定できたとしてもその事実から〈2〉の事実を認定することは、できない。

そして、さらにこのことから、〈3〉「甲第一三号証の本件借用証が真実に反する」と認定することもできない。

二、右の原審の判断は、採証法則および経験則に違反している。どのようなことから、これが認定できるのか全く不明である。

ただ、ただ、第一審及び原審の各判決は、偏見と民事訴訟法を無視した姿勢がみえるだけである。

以下、詳細を述べる。

1.第一審判決と、これを引用する原判決は、平成元年一〇月二四日に、詐欺、有価証券偽造、同行使の容疑で警察署に勾留されている橋本孝一から聴取した「質問応答書」(乙第九号証)を唯一の根拠に〈1〉の事実を認定している。

(一) しかし、乙第九号証はおよそ信用性がない、と言わなければならない。

すなわち、橋本は、手形偽造・同行使・詐欺事件で有罪判決を受けた者であり、キーセンターの倒産のほか何度も会社を倒産させている者であって、同人の供述の信用性はそもそも極めて薄い、といわなければならない。

また、同人は、乙第九号証作成当時、前記罪により勾留中の身であり、乙第九号証は反対尋問にも晒されておらず、かつ、第一審公判廷での宣誓した上での供述と矛盾した内容となっている。さらに加えて、乙第九号証の内容は右法定で調べられた山川、古川の各証言とも異なるし、上告人代表者本人の供述とも食い違う。これらの各証言、供述を排除してまで乙第九号証の内容を真実と考えるのは明らかに採証法則に反する。

(二) しかも、右乙第九号証の内容自体からも信用性に大きな疑問がある。

まず、右質問応答書は、昭和六三年一月から既に一年九ヶ月を経過した後に作成されたものであり、しかもその間にキーセンターの倒産、重大犯罪容疑による逮捕取り調べという橋本孝一にとって激動の時期を経ていることから記憶が歪められてしまっている可能性が極めて高い。

例えば、右の「質問応答書」(乙第九号証)三丁七行目に

「六二年三月に、資本金三〇〇〇万円で仙台市柏木に株式会社キーセンター鍵錠を設立し、これが裏目に出てあっという間に約七千万円の負債となり、約四ヶ月後の七月にはたたまざるを得なくなりました。」

との記載があるが、真実は株式会社キーセンター鍵錠は、昭和六〇年一〇月一九日に資本金二〇〇〇万円で仙台市上杉において設立された(甲第五六号証)ものである。

この点からしても、右「質問応答書」の記載内容は極めて信用性が薄いのである。

(三) また、右「質問応答書」を詳細に見ても、被告の主張する「下永正行に強要されて、真実の貸主は下永正行であるのに名宛人を上告人とする虚偽の文書を作成した」との記載は全くない。

右の点について

(六五〇〇万円の借用証は)「年があけてから手形の偽造が社長に発覚し仙台に呼びつけられ、その時に書いたものです。」(六丁一四、一五行目)

「社長から手形偽造分一五〇〇万円を含んだ今までの貸付をまとめると六五〇〇万円になると言われましたが、それ以上の詳しい説明はありませんでした。

手形偽造の件もあり、何も言える立場ではありませんので、言われるまま署名押印した次第です。」(六丁二二行目以下)

との記載があるだけである。

橋本孝一が、貸主を正行と認識したにもかかわらず、その認識に反して、名宛人を上告人にさせられたとする旨の記載は全くなく、単なる被上告人の恣意的な推測にすぎない。むしろ、

「借入先は当方としては資金繰りがつけばいいので法人なのか社長個人なのかは、私としては分かりません」(五丁九、一〇行目)

との記載がある。

このような記載内容からすると、正行が橋本孝一を手形偽造の件に付け込んで、真実は正行個人が貸主であるのを上告人宛の虚偽の文書を作成させたものと推認することは到底不可能である。

(四) 加えて、橋本順子の右供述(平成七年五月三〇日証人調書速記録)からも、右原審の認定は、全く違法である。

〈1〉 キーセンターは、当初より正行個人ではなく、上告人から金融支援を受けていたと認識し、キーセンターの帳簿にも貸主を上告人と記載していたこと(一六ないし一八頁、五三ないし五五頁)。

〈2〉 昭和六二年一一月ころ韓国でのファッションキーを作る計画や表札製造機の販売の計画のため、資金が必要であること(一九ないし二三頁)。

〈3〉 キーセンターは、上告人からの借入について、支払を約束した日に支払えずに延ばし、その後どのようにして支払うかについて協議が開始され、残金は六五〇〇万円、毎月一〇〇万円ずつ支払うとのことでほぼまとまったこと(二四ないし二七頁)。

〈4〉 右協議に基づき、キーセンターの橋本夫妻が昭和六三年一月末日前後ころ、上告人の事務所に行き、甲第一三号証を作成し、一〇〇万円の手形五枚を差し入れしたこと(二八ないし三九頁)。

〈5〉 その際、額面七五〇万円のフドー企画株式会社が振り出した手形二通の分は、右借用証の六五〇〇万円のなかに入っていないこと(四二頁)。

〈6〉 右フドー企画株式会社振り出しにかかる手形について偽造部分があったということは、右の際には話題にはならなかったこと(四二ないし四四頁、五九頁)。

以上の橋本順子の供述によれば、手形偽造が発覚したのは、右借用証が作成された後であること、元々キーセンターは、上告人から手形分を除いて六五〇〇万円余りの借入残があり、これを長期分割で支払いをすることになったため、旧債務を一本にまとめて本件借用証(甲第一三号証)を作成したこと、貸主は正行個人ではなく、上告人であるとキーセンターは認識していたことが、それぞれ明らかである。

(五) 以上からすると、「正行は、本件借用証が作成される以前の昭和六三年一月中に、フドー企画振出の約束手形の裏書が橋本により偽造されたことを知り、同月三〇日以前の同月下旬ころ、橋本とその妻を仙台に呼び出し、キーセンターの資金繰りに困窮し、かつ、偽造手形を交付した弱みを持つ同人らをして、正行の指示どおりに借入金額を六五〇〇万円、名宛人を原告とする本件借用証を作成させたことが認められる。」の事実は到底認定できず、採証法則、経験則に違反している。

2.第一審は、右事実を認定し、原審は違法にもこれを正当とした。

しかし、手形偽造発覚があれば、その後に作成された文書は全て「正行の意のままに内容虚偽の文書を作成させたもの」という経験則はどこにもない。

仮に、(ア)手形偽造が昭和六二年一月末ころ、発覚したとしよう。

(イ)そして、正行がキーセンターに橋本を呼びつけ、強く抗議したとしよう。

(ウ)橋本は、その弱みを痛いほど感じたと、これまたしてみよう。

経験則は、(ア)の事実から(イ)、(ウ)の各事実は、「よくあること」として、認定することは可能であろう。

しかし、その後さらに進んで、その場で作成した六五〇〇万円の本件借用証(甲第一三号証)が真実に反するという事実まで合理的に推認できるであろうか。

「正行が、それまでの債務を確認させたいと思った。」という事実も、このような背景であれば当然である。そして、今後どのようにして回収するのか、真剣に協議するのも自然の成り行きであろう。

そして、その場で、このような弱みを持つ借主に真実の債務を確認させ、月々の弁済も約束させたというのも自然の成り行きであろう。

しかし、「虚偽の借用証を書かせた」というのは、断じて自然ではない。

虚偽の内容の借用証を脱税目的で書かせたとするならば、それが露見しないように、さまざまな取り決めが、正行と橋本夫妻との間になされなければならないが、その事実もないし、また証拠もない。

第一審も原審も、この自然な成り行きに反して、いきなり、「手形偽造発覚」という事実から、「虚偽借用証の作成の強要」という事実を認定したのは、経験則及び採証法則に違反している。

第七、まとめ

第一審、原審の判断は以上述べたとおり、多くの違法を犯している。

そして、そのため、判決主文に影響を及ぼすことは明らかである。

よって、原判決を破棄すべきである。

以上

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